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東京地方裁判所 昭和38年(モ)2990号 判決 1963年5月06日

申立人(債務者) 八洲商事株式会社

右代表取締役 毛利喜八

右訴訟代理人弁護士 永井由松

同 沢田喜道

同 高橋梅夫

被申立人(債権者) 萩工業株式会社

右代表取締役 菊地健一

右訴訟代理人弁護士 小川利明

同 赤沢俊一

主文

申立人の申立を却下する。

訴訟費用は申立人の負担とする。

事実

(申立人の申立)

一、被申立人(債権者)と申立人(債務者)との間の東京地方裁判所昭和三八年(ヨ)第一〇三三号不動産仮処分命令申請事件について、同裁判所が同年三月一日にした仮処分決定は、申立人が保証を立てることを条件として、取り消す。

二、訴訟費用は被申立人の負担とする。

三、仮処分の宣言。

(申立の理由)

一、被申立人は「別紙目録記載の建物は被申立人の所有であるが、昭和三五年一二月二七日右建物中二階七五坪を、期間を昭和三九年一〇月一二日限りとして申立人に賃貸したが、右建物は昭和三八年二月二六日午後七時頃申立人使用の飲食店調理場附近から出火全焼し、賃借目的物としての経済的効用を滅失したため、申立人の賃借権は消滅したので、被申立人は所有権にもとづき右賃借部分の明渡請求の訴を提起すべく準備中のところ、申立人は修復工事に着手しようとしているので、執行保全の必要がある。」との理由で、申立人を債務者として東京地方裁判所に仮処分命令を申請し(昭和三八年(ヨ)第一〇三三号)、同裁判所は昭和三八年三月一日、右建物部分を執行吏の保管に付すること、執行吏は現状を変更しないことを条件として申立人にその使用を許すこと、申立人はその占有を移転し又は占有名義を変更してはならないこと、の趣旨の仮処分決定をした。

二、しかし右仮処分は、申立人が保証を立てたときはこれを取り消すべき特別の事情が存在する。

(一)被申立人主張の本件建物の明渡請求権保全のためには、占有移転禁止でその目的を達し、本件建物燃焼部分の補修工事は火災発生前の状態に復することにその目的があるから、被申立人は右補修工事によつて何ら損害を受けない。

仮に被申立人が右補修工事により何らか損害を受けるとしても、それは金銭によつて償われ得る。

(二)これに反し、申立人は本件建物において従業員約四〇名を使用し飲食店「エビアン」を経営しているが、本件仮処分により補修工事が禁止されたため、営業が再開できず、従業員に約六〇万円の給与を支払わなければならないのに、これを就業させることも解雇することもできず、収益がないまま放置しなければならないし、顧客関係にも重大な影響がある。これらの損害は予定どおり補修工事が完了するとしても三〇〇万円をはるかに超えるものであり、本件仮処分が執行されたまま時間が経過すればするほど、その損害は増大する。

なお、現在建物は被申立人において天井の焼けた部分を補修したので、造作程度の補修をすれば直ちに飲食店を再開できる状態であり、しかも右補修は申立人のなし得る範囲内のものである。

三、以上のとおりであるから民事訴訟法第七五九条により本件申立に及んだ。

(被申立人の答弁)

一、主文同旨の判決を求める。

二、申立理由に対し、

第一項は認める。

第二項冒頭は否認。同(一)も否認。被申立人は本件建物の明渡を受けた上はこれを耐震耐火のビルに改築しようとしているから、被申立人の被保全権利は金銭的補償に親しまない。同(二)中、申立人が本件建物において飲食店を経営していたこと、被申立人が雨もり防止のため屋根を直す程度の補修工事をしたことは認めるが、その他は争う。申立人は本件建物を無断補修、改造する権原がないのに、造作補修に名を借り建物本体の補修をもしようとしているのであるから、それは許されないし、飲食店としては申立人主張の造作工事のみでは到底不十分で、建物本体の補修を不可欠とする現況である。

(疎明関係)≪省略≫

理由

一、申立人の主張に従い本件仮処分取消を求める特別事情の存否を見るに、

(一)  本件仮処分の被保全権利が被申立人の本件建物所有権にもとずく明渡請求権であることは争いないところ、右仮処分を全面的に取り消すとき起り得べき執行の遷延又は困難によつて被申立人の受ける損害如何というと、証人菊地久吉の証言とこれにより成立の疎明される乙第八号証の一、二を総合すれば、被申立人は本件建物中本件部分(二階)を申立人から、一階を他の賃借人から明渡を得た上は、これを高層ビルに改築する計画が昭和三三、四年頃からあることが疎明され、これは別段異常な利用方法ともいえないから、この計画の実現が延びることは被申立人の損害といえるし、その額は容易に算定、立証しえない性質のものである。従つて金銭補償によつて償われ得るものとはいえない。

ただ、申立人が本件申立をしたのは、直接には、火災にかかつた本件建物を補修して飲食店営業を再開するのが目的で、本件仮処分中「現状不変更」の部分を右目的に副うように変更するだけでも満足する趣旨がうかがえるが、もし右一部取消のみとすれば、これにより被申立人の受ける損害は、本件建物の変更(飲食店のための補修工事)により受けるそれに限られ、この損害はおおむね金銭補償でまかなわれ得る程度のものと見てよいであろう。

(二)  次に申立人が本件仮処分により受けている損害を見ると、申立人が本件建物で飲食店を営んでいたことは争いなく申立人代表者本人尋問の結果及びこれにより成立の疎明される甲第一、第三号証を総合すれば、右営業の従業員は約四〇名で、昭和三八年二月二六日本件建物火災により営業不能となつたが、営業再開にそなえて右従業員を待機させ、給料一ヵ月約六〇万円も支給しており、これらの損害のほか、営業ができないことによる収益(売上)の損失が一日約一五万円程度あることが疎明される。これは仮処分が延びるほど増大するわけであるから、申立人の受ける損害、苦痛は相当著しいといつて差支ない。

二、以上述べたところによれば、申立人に対し補修工事の程度の現状変更を立保証を条件に認めても、被申立人との関係でそれほど公平に反しないようにもみえる。

しかし、本件建物の火災後の写真であること争いない甲第四号証(各)、乙第四号証(各)、及び証人鶴田敏男の証言を考え合わせれば、本件建物の火災は申立人の調理場から出たこと、その焼けた程度は調理場附近一帯がほとんど用をなさない位に焼け、客席天井に延焼して四ヵ所ほど天井、屋根に穴があき、梁や柱の一部も黒こげになり、消防作業のため窓ガラスは全部破損し、外壁の一部にも消火用の大穴があけられたこと、が疎明される。

但し、屋根は現在では一階賃借人の要望で雨もりを防ぐため申立人及び被申立人が一部ずつトタンでふいて一応補修したことが、証人鶴田の証言、申立人代表者本人の供述及び甲第四号証の八により、疎明される。

およそ保証を立てて仮処分の取消を認めるのは、債務者を仮処分の拘束から免れしめてその利益を保護するのが当事者間の公平に適すると認めるからであつて、保証を立てれば債務者が何をしてもよいというのではない。ところが、本件の場合、前記のような火災により本件建物の主要部分である天井、梁、柱の一部が著しく破損し、これを取りかえ又は補修しなければ、申立人主張の飲食店営業を再開することは不可能であること明らかであつて、単に申立人主張の造作、装飾の程度では、多数来客を目的とする右営業は危険でもあり、許されないはずである。そして右補修は本来建物所有者たる被申立人のなすべきところであり、申立人が当然にみずからこれをなしうるものではなく、ただ事務管理の要求ある場合にのみ例外であるにすぎない。しかし被申立人は前記のように本件建物をビルに改造しようとするものであり、本件仮処分申請の趣旨からも、申立人がみずから補修するのに被申立人が同意する意思のないことは明らかである(仮に被申立人に賃貸人としての補修義務があるとしても右の点に影響はない)。従つて事務管理も成立せず、結局申立人としては現在直ちに適法に営業を再開することは不可能といわざるをえない(前記賃貸人としての補修義務が別訴で確定されるような事態が起れば別に考慮を要する)。

なお申立人代表者本人の供述によれば、申立人が昭和二九年最初に本件建物を賃借したとき事務室をキヤバレーに改造し、昭和三六年レストランに更に一部改装したことが疎明されるが、そうかといつて当事者間に本件建物そのものを申立人が自由に改造(殊に主要部分たる柱、梁、天井等)しうる特約があつた疎明にはならず、証人菊地久吉の証言と乙第二号証の一によれば、かえつて無断造作禁止の特約すらなされていることが疎明される。

三、以上のとおりで、申立人は本件仮処分取消によつても損害を免れることが結局できない立場にあるから、取消を求める利益又は必要性がなく、かような場合特別事情は存在しないというべく本件申立は理由がない。

そこで、訴訟費用は申立人の負担として、主文のとおり判決する。

(裁判官 小堀勇)

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